日本のマチュピチュ
日本三大秘境と謳われる徳島県の祖谷渓。駅広告などで、祖谷渓の一大観光スポットである「かずら橋」の写真を見たことのある方もいらっしゃるのではないかと思う。
そのかずら橋から車を走らせることさらに1時間半。今回紹介する十家集落は四国山地の奥の奥に位置している。
四国山地は険しく、そして深い。平野がほとんどないため、家々は急な斜面に這いつくばるようにして立っている。
そうした「日本のマチュピチュ」とでも称すべき村々の中でも、十家集落は際立っていた。
郵便配達員は往復2時間かけて配達
十家集落にたどり着くための手段はただ二つ、住民専用モノレールに乗るか、もしくは険しい山道をよじ登るかである。舗装された車道なんてものは当然ない。モノレールの乗り場には「郵便物の配達は徒歩で往復2時間かけて行われています」と紹介されている。
残念ながら住民以外がモノレールに乗ることはできないため、山道を歩くことにした。道はところどころ崩れているものの、最低限の補修はなされており、現在に至るまで人の手が入っていることを感じさせられた。登山を趣味とする夫の助言に従いながら、慎重に登って行った。
こうして、滑落の恐怖に怯えつつ歩くこと40分、突然姿を現した集落はあまりにも美しく、日本にも桃源郷があったのかと感動した。薄桃色の桃の花は、寒冷な四国山地にも春が訪れたことをひっそりと知らせていた。人の気配は全くなく、鳥ばかりが楽しげに歌っていた。
ほとんどの家は朽ちているが、畑では野菜やお茶が栽培されていた。どうやら元住民が通いで畑仕事をしているらしい。残念ながら私たちは住民に出会えなかったが、あるブログによれば、少なくとも一年前の時点で一人住民が住んでいたらしい。人間の生きる力に恐れ入った。
白い鹿との出会い
顔を上げた瞬間、カメラを構えていた手からスーッと力が抜けていくのを感じた。黄金色がかった白色の鹿が大きな眼でじっとこっちを見つめている。角は太く、優雅な曲線を描いている。その形は何となくマレフィセントを思い起こさせた。
我にかえった時には既に鹿は消えていた。
ほんの一瞬の出来事だったと思うが、陶酔状態に陥るには十分すぎるほどの時間だった。
白い鹿なんて存在するものかと思って、後で調べたところ、ごくまれに突然変異で白い鹿が出てくることがあるらしい。神の使いとされることもあるという。まさしく、そう信じざるを得ないような厳かな出来事だった。
日本でこのような生きた秘境を見ることができるのも恐らくあと十年もないかもしれない。今年は秘境を出来るだけ訪れようと決意した。
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